KYO-SHITSUColumnsのURLが変更になりました。こちらを御覧ください。
KYO-SHITSUで気になる展示会、イベント情報、ニュースをお知らせする本コラム。今回は「感覚が刺激される展示」をテーマに、夏休みの時期に行ける展覧会をいくつかご紹介します。ひとつの「感覚」から別の感覚が生まれる瞬間とは?ぜひ、体験してみてください。
梅雨も明け、本格的な夏を迎えた時節、皆さんいかがお過ごしでしょうか。空には入道雲が起き上がり、蝉の声も聞こえてきましたね。ただでさえ毎日じっとりと暑さを感じていますが、蝉の鳴き声を聞くとより気温が上がったかのように錯覚をしてしまいます。そういった、ひとつの感覚から、別の感覚が刺激されたこと、皆さんにはありますか?
私の場合はこういったことがありました。結婚式の引出物として頂いた質の良いヘアブラシを使ったときのことです。毛の柔らかさが心地よく、使えば髪も艷やかになる、豚毛でできたイギリス製のヘアブラシ。それを使って、髪をすくだけでとても嬉しい気持ちになる物でした。
そのヘアブラシを初めて使ったとき、「この感触、どこかで体験したなあ……」という既知感を覚えました。何に似ているんだろうか?と考えると、あるアニメーションのシーンがふと頭の中で思い起こされたのです。
あ、コレ、魔女の宅急便の「キキが髪の毛をとかすシーン」だ……。
このシーンを見たときに得た、キャラクターが感じているだろう感触と同じものが、良質のヘアブラシで髪をとかすことで私の中で再現されました。
魔女の宅急便(1989年)|スタジオジブリ 制作のアニメーション映画。
主人公キキが窓辺でヘアブラシを使い、髪をすくシーンが作中に登場します。そのとき少しクセのあるキキに髪がヘアブラシによって反発することで、コシのある柔らかさが表現されています。
私には、このアニメーションの中で行われている行為が、あたかも現実の感触のように感じました。つまり、アニメーション表現である視覚と聴覚から、触覚を見出していたのです。
「触感の表現」は時間表現とも言えます。例えば、柔らかさを表す「ふわふわ」や、硬さを表す「ゴツゴツ」など……手触りの表現には時間的な前後関係が必要です。そして、だからこそアニメーションは「感触」をも与えることができる表現、ということに気づいた出来事でした。
感触が伝わる、さまざまな表現
その出来事をキッカケとして、作品のなかで描写されている「感触」から刺激を受けることで、自分自身に感覚が再現される体験が他にもあるのではないか?と探すことにしました。私なりに見つけた表現や事例をいくつかご紹介します。
視覚的な情報から、肌触りがありありと伝わってくる作品として思い浮かぶのは、水尻自子さん のアニメーション作品です。プリンとした艶や、トロンとした柔らかさ。瑞々しいオノマトペがそのまま伝わってくるような印象の作品は、実際に触っているように感じられます。
触感が「伝達」される技術 TECHTILE toolkit
遠く離れた場所からでも「触覚」が伝わる装置『テクタイルツールキット』。先端技術を基盤として、触感を意識した価値づくりを目指す活動TECHTILE(テクタイル) において、研究の一環として開発されたツールです。
慶應義塾大学の研究者とYCAMを中心に行われた共同研究で得られた知見を、一般の方でも扱えるようにしたツールは、誰でも、触覚の記録・再現することができます。
触感が一度音(振動・周波数)に変換され、ツールによってその手触りがそのまま再現される仕組みの本ツール。これを使えば、遠くにはなれた場所でも、触感を伝えることができます。このツールを体験した際、空のコップに触れているにも関わらず、炭酸水が入っているかのようなシュワシュワとした触感が再現される様は新鮮で、驚きました。
これは「感覚のハッキング」なのでは?
実は騙されているのではないか?という「知覚が騙される」体験の例もあります。例えば、かき氷のシロップはイチゴやメロンなど、それぞれ固有の味を持っているように感じられますが、実はどの種類も味の差はなく、香りや色をかえて「イチゴのように感じられる味」を再現している……という話。
まさにこのように「感覚や知覚が触発され、ハッキングされる表現や研究」を主題として、イベント”KYO-SHITSU #16 感覚のハッキング”では知覚を扱う研究者やアーティストによるクロストークを展開しました。
その中で、いくつかの感覚が交わり、影響を与え合っているそれぞれの知覚を組み合わせることで錯覚を起こす現象について、VR研究者 鳴海拓志さんは「クロスモーダル知覚」というキーワードで扱われていました。このイベントのレポートも公開中です。詳細な事例も紹介していますので、より詳しく知りたい方はぜひご覧ください。
感覚が触発される展覧会
このような表現の特性によっては、違う感覚を引き起こしたり、感覚そのものを伝えることができます。本コラムではそんな「感覚が触発される展覧会」を紹介します。夏休みに開催されるものを紹介しますので、ぜひお子さんとご一緒に足を運んでいただき、感覚が交差する体験を楽しんでいただきたいと思います。
触覚の未来を体験できる
ICC キッズ・プログラム 2018「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」
2018年7月20日(金)- 8月26日(日)
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
公式サイト
毎年夏に開かれているICCのキッズ・プログラム。今年のテーマは「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」。先述ご紹介したテクタイルの概念をさらに展開した「HAPTIC DESIGN」(触覚をデザインする分野)など、様々な触覚を再発見する体験が集まっています。数年後にはより一般的になっているだろう、テクノロジーによってさらに広がる未来の触覚デザインを体感していただきたい展示です。
音と映像の新しいマリアージュ
AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展
2018年6月29日(金)- 10月14日(日)
21_21 DESIGN SIGHT
公式サイト
デザインファームtha.を率いるインターフェイスデザイナー中村勇吾さんがプロデュースする本展示。ミュージシャン小山田圭吾さん(Cornelius)の楽曲を、映像やプログラミング、メディアデザインなど、分野を横断した作家たちがそれぞれの視点から解釈し、映像作品を制作しています。VJやミュージックビデオの領域で「オーディオ・ビジュアライゼーション」として確立されてきた音と映像を表現するこの分野。本展では「同じ楽曲からでも、映像によって想起されるものに違いが起こる」感覚が得られます。聴覚と視覚が刺激される、音と映像の新鮮な結びつきをぜひ体験してみてください。
絵が「動きだす」瞬間を捉える
神奈川県立近代美術館 コレクション展:絵ってとまっているのかな?
2018年6月23日(土)- 9月2日(日)
神奈川県立近代美術館 葉山館
公式サイト
神奈川県立近代美術館のコレクション展示のテーマは「絵ってとまっているのかな?」。タイトル通り、アニメーションや動画とは違う「動かない平面」でありながら「動いているように感じる」絵画作品をピックアップして展示しています。色と色が作用する、立体感を感じさせる奥行き、躍動するイメージが換気される技法……。錯視や近代的な絵画技法を用いた、様々な「動きそうな絵」は、人々の想像力によってより豊かに、頭の中にアニメーションとして現像されます。そんな、絵が持つ時間軸を体験できる展示です。
今回は「感覚が刺激される」をテーマに、展覧会を3つご紹介しました。暑いこの季節にぜひ、涼しく過ごせる美術館で、様々な感覚が沸き起こる展示を楽しんでみてください。
footnotes
水尻自子
映像作家。18年6-9月開催「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」に参加中。 水尻自子 Yoriko Mizushiri Webサイト
TECHTILE(テクタイル)
テクタイルは、先端技術を基盤として、触感を意識した価値づくりを目指す活動。慶應義塾大学の研究者を主体に研究活動が行われている。 TECHTILE webサイト