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Apr 10, 2018

福島県泉の"震災"を辿るアートプロジェクト
カオス*ラウンジ新芸術祭「百五〇年の孤独」レポート

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KYO−SHITSUは、いわゆるアートプロジェクトです。また、昨今では多くの自治体や企業がリサーチ&アートプロジェクトを主催や後援といった立場で開催し、集客数を伸ばしています。では、アートプロジェクトとは何か?立ち返ってみるために、紐解いていきます。

今回テーマは、アーティストやキュレーターとして土地に根付き、そこで独自のテーマに基づくリサーチを繰り返して成果を作品に昇華する。一連の流れで作られているアートプロジェクトはどのようなものなのか、レポートします。

WEBサイトから見える、震災の風景

「今一番話題になっているイベントはなんだろう?」そう友達と話していたときに話題があがったのが、この展覧会だった。タイトルだけを聞くと、ガルシア=マルケス「百年の孤独」を思い浮かべる方も多いだろう。ネットを中心に活動する作家らが集まるカオス*ラウンジ は、2014年から、福島県いわき市の各地で「カオス*ラウンジ新芸術祭」を開催している。

「カオス*ラウンジ新芸術祭」は、アーティストグループ「カオス*ラウンジ」(合同会社カオスラ)が主催するリサーチ&アートプロジェクトです。カオス*ラウンジは2014年から、福島県いわき市の各地を継続的に訪れ、美術史的、民俗学的、社会学的なリサーチを重ね、その成果として2015年から1年に1回、いわき市内で「展覧会」を開催してきました。
(公式サイトより)

今回のカオス*ラウンジ新芸術祭では、市街劇形式の展覧会「百五〇年の孤独」を展開している。

 

WEBサイトを参照すると、スマートフォン(もしくはPC)の画面を模した、異様なサイトであった。

 

スマホの画面を模したWEBサイト

 

閲覧していると、ときたまプッシュ通知(のようなもの)で「kitsuneさん:メール見た?」「心配してるぞ」といったコメントが表示される。まるで災害が起きた日の当事者のスマートフォンを持っているような感覚になってしまう。忌まわしいあの日を画面越しに追体験したようだ。このウェブサイトは、福島、つまりあの大きな震災の中心地を正面から扱うことに対しての、彼らの決心のようにも感じられた。

より情報を見ていくと、「新市街劇」は、寺山修司(天井桟敷)が1970年代に考案し、実施した「市街劇」のオマージュのようだ。寺山氏の「市街劇」では、いくつかの会場をツアー形式でまわる。手渡される一枚の地図を頼りに、市街地で局地的に起こっている演劇を探しめぐる形式だ。体験者が能動的に動くことで、時間と空間が移り変わる。

「市街劇」の概念は「それは、単に『市街』を私たちの演劇のための舞台とする、ということではなく、市街の日常の現実原則を、丸ごと演劇として抱えこむということ。
寺山修司(天井桟敷)

本企画では、泉の市街地を舞台として、カオス*ラウンジからの手紙を頼りに鑑賞者が演者として、泉での災害後の日常の風景と「復興の失敗」の経験をたどることで空間が切り替わり、時間が進む。

今回で3回目をむかえる、いわきでの「市街劇」は、泉を歩く。 「復興」をめぐる過去、現在、未来を歩く。 ぼくたちは、そのための地図を用意した。
「新市街劇」のステートメント(公式サイトより)

この「新市街劇」は劇と銘打っているが、行く先々では役者がおり、そこでパフォーマンスが行われている……という寺山氏が考案した市街劇そのままの形ではない。指示される各ポイントで行われているのは、インスタレーション作品や本企画内で開催したイベントの記録などの作品展示だ。いわば、ハプニング の痕跡が残っているのみ。これは、劇なのか?と不思議に思うが、その痕跡は、まさしくカオス*ラウンジがリサーチで辿った軌跡なのだろう。体験者はその軌跡を同じように歩いてなぞり、劇の舞台である泉で復興を試みた人々の足跡を辿ることで、この新市街劇を体験する。

 

 

福島、泉へ

最終日にほど近い1月のある土曜日、開催地である常磐線泉駅へ赴いた。東京から常磐線特急に乗って大凡二時間ほど、福島県いわき市泉駅に降り立つ。泉は、三陸や石巻ほど甚大ではないにしろ、311の被災地のひとつだ。駅から出ると、まず目につくのは鳥が多いということだ。海鳥だろうか。それを象徴するかのように駅前に鳥のオブジェが鎮座している。この企画中、市街地を歩いてる途中にもいたるところで見かけた。そのほかには、のどかな市街地が広がっている。

 

一通目の手紙

 

まず、WEBサイトに記載されている住所に行くと、そこは一軒の雑貨屋「zitti」だった。軒が賑やかで、様々な物品がひしめいている。中に入ると、商品とカオス*ラウンジメンバーの作品が雑然と並べられており、雑貨屋というよりガラクタ屋というべき雑多な印象だ。

 

そこで入場料を払うと、店主らしき人から手紙を受け取る。その手紙は本展覧会のキュレーター黒瀬陽平氏からのもので、本企画のテーマである廃仏毀釈をなぜ扱ったのか書かれていた。そこから、「泉における復興の失敗」を鑑賞者は知ることになる。

 

 

 

廃仏毀釈という災害を経た、「復興の失敗」とは

いわきは泉周辺はかつて、明治初期の政策である廃仏毀釈によって多くの寺院が破壊された。仏教という長く日本で続いた死者とのコミュニケーションツールを失った泉では、今でも神前式の葬式が執り行われているのだそうだ。死後のイメージをあまりできないまま宗教観が薄れている泉。手紙のなかで黒瀬氏は、泉においての廃仏毀釈はひとつの災害といえるのでは、と説いている。そして現代に入り、再び寺院復興を試みたがそれも上手くいっておらず、現在でも泉の寺院は少ない。

黒瀬氏らが現地でのリサーチを繰り返す中で、水澤松次さんという方が著した「泉藩領廃仏毀釈 消えた寺院考察」(自費出版)という本に巡り合ったそうだ。そこには、廃仏毀釈で消えた膨大な寺院の跡を示した地図と、そこへ実際へ訪れた際の現状についての写真やかつての寺院の由来などが書き留められていたそう。黒瀬氏らは、この本をリサーチにおけるひとつの指針として、書かれていた寺院跡をくまなく回り、水澤氏が辿った道をもとにリサーチを重ねた。

本企画は、その廃仏毀釈を経て「復興が失敗」した泉周辺をめぐるリサーチの軌跡をたどるツアーだ。この雑貨屋zittiを第一会場として、第三会場まで展示が企画されている。会場毎に手紙置かれており、そこに書かれている指示通りに泉周辺の市街地を歩く。カオス*ラウンジのメンバーが辿った泉でのリサーチの軌跡を、まるでガイドツアーのように彼らからの手紙に導かれて歩く。

おまけでもらえるコーヒーとホッカイロで暖を取ったら、手紙の中に記された指定された次のポイントへ出発した。

 

 

開祖したばかりの寺院で読む、二通目の手紙

 

 

手紙の指示通り、途中に寺院跡とされる場所を二箇所経由し、第二会場へと向かう。ひとつは、仏式と神式の両派が混在している墓地だった。そしてもう一つは、新しくできた共同墓地だった。戸籍管理のかわりを果たしていた寺院という機能の拠り所をなくし、有縁仏でもあるに関わらず名前がわからなくなってしまった方々をまとめて祀った墓地は、何とも言い難い、物悲しい印象の残した。

第二会場は密嚴堂という今年開祖した寺だった。寺院、というにはあまりに想像している寺とは一線を画した外観で、まるで母屋の横に建つ物置小屋のような外観だ。その印象は正しく、ここはカオス*ラウンジメンバーと泉の僧侶の方が、自身らで開いた寺院兼アートスペースだった。

 

 

そこで、二通目の手紙を受け取る。中には、本寺院が開祖したあらましと、展示についての内容が書かれている。

この寺は、泉で150年ぶりに作られた新しい寺院であると同時に、廃仏毀釈と「復興の失敗」をテーマとした市街劇の会場でもある。 (二通目の手紙より)

カオス*ラウンジのリサーチメンバーは、「泉には寺がない。だから僧侶になって寺を作る」という方に巡り合ったそうだ。その方と一緒にこの寺院の開祖を進めたそう。廃仏毀釈、つまり消えた寺院を企画のテーマにしながら、新しい寺を作り再生を促す。もともと、寺院は宗教施設であると同時に様々な宝物、つまりはアート作品を所蔵する、展示スペースでもあったのではないか。そう黒瀬氏は考え、本企画の展示会場を作ることにしたようだ。

 

仏教にまつわるような、そうでないような……そんないくつかの作品を鑑賞して、外へ出る。泉駅に着いたころから吹いている風は一段と強くなり、体感温度がさらに下がったように感じられる。風荒ぶなか、第三会場へと向かった。

 

部屋の一角には作品が展示されている

寺院とは思えない内装

 

 

最後の手紙と、子安観音の除夜の鐘

 

 

第三会場は駅から一番遠く、山の中腹部に墓に囲まれてこじんまりと立っている観音堂だった。ここにはかつて生蓮寺という寺院があったが、破壊され、子安観音をまつったこの観音堂のみが残された。今でも、参拝や休憩に集まった近隣住人の方々の憩いの場となっているようだった。

 

中に入ると、小さな仏間と小部屋の二間でできており、奥の部屋には作品が飾られていた。そこで、「最後です」とスタッフから手渡しで手紙を受け取った。そこには泉での復興の失敗についてリサーチを重ねた末の、カオス*ラウンジ独自の宗教の再興に関わる活動、つまりは本企画について、まとめられていた。

 

この子安観音堂の脇には、カオス*ラウンジのメンバーで作った鐘が建っている。不用品である空き缶を溶かし、そこから鐘を鋳造したそうだ。2017年大晦日には、除夜の鐘をついた。泉では実に150年ぶりだという。その一連の様子も、仏間の横に置かれたディスプレイで映し出されていた。

 

仏間横がくり抜かれ、展示スペースになっている

カオス*ラウンジのメンバーが空き缶から鋳った釣り鐘

水澤氏のリサーチスクラップブック

 

また、このお堂では、黒瀬氏からの手紙のなかで何度も触れられた、本リサーチのひとつの指標となった本「泉藩領廃仏毀釈 消えた寺院考察」(水澤松次著/自費出版)の原著とその下書きとなるスクラップブックと対面した。本当に実在したんだ、という気分で紙面をめくる。スクラップブックの中には膨大な写真と著者による覚書が収まっており、その人柄や無くなった寺院への熱意が感じられた。著者のリサーチを辿ってきた旅の最後にたどり着く、粋な演出だった。

この観音堂を最終地点として、この新市街劇は終わった。

 

 

リサーチ&アートプロジェクトという形

今回の道標となった3通の手紙

 

ソーシャリーエンゲージドアート として、ワークショップや体験者の振る舞いすら芸術作品になりうる時代に、本企画はひとつの表現の形を提示されたものだった。

カオス*ラウンジを中心として、廃仏毀釈を災害と位置づけ、故人がリサーチした跡を辿るようにその周辺を調べる。そしてその調べた内容を「新市街劇」として復興にまつわる様々な活動をひとつパッケージとして見せる。体験者はそのリサーチを追体験しつつ、カオス*ラウンジからプレゼンテーションされる復興活動という創作を鑑賞する。作品を見せるというより、リサーチしたことのプレゼンテーションの形として作品を用いる、という形態に近いのではないだろうか。 そしてその舞台づくり、世界への導入の仕方も作品だと改めて感じだ。今回はいわきでの寺、手紙での誘導、ウェブデザインでの誘引など、世界観の作り方がとても秀逸だった。見せ方ひとつで作品の受け取り方がかわることを体験した。

直接的に作品ひとつひとつを見せるのではなく、「新市街劇」という容れ物に作品やリサーチの足跡を入れることで総合的に一望できる。本企画はこの構成の中に作品やその活動発表が点在するからこそ、違和感なく寄り添っていた。おそらくこれが、ただ作品だけ展示されていたら、受け取り方は全く違っただろう。その土地で根付いているからこそ見えてくる課題や背景を取り込むことでアートプロジェクトはより地域に寄り添ったものになる。これが一概に良い・悪いとはいえないが、本展覧会は確かにこの土地だからこそ実現した展覧会だったのではないだろうか。

 

 

 

footnotes

カオス*ラウンジ
カオス*ラウンジ公式サイト
カオス*ラウンジ新芸術祭2017 市街劇「百五〇年の孤独」公式サイト

寺山修司(天井桟敷)

天井桟敷 30時間市街劇「ノック」(1975) (寺山修司マガジン VOL.2 )

アラン・カプローの《6つのパートからなる18のハプニング》
ハプニングとは (DNP Museum Information Japan)
アラン・カプローの《6つのパートからなる18のハプニング》 (DNP Museum Information Japan)
「ハプニングとフルクサス」展 (DNP Museum Information Japan)

ソーシャリー・エンゲイジド・アート
ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門(フィルムアート社|パブロ・エルゲラ著)
「拡張された場におけるパフォーマンス」 (viewpoint|星野太)